銭湯のオリジナルの形式は、半蒸し風呂

2011.11.18

その昔、風呂というのはごちそうだった。近年はそうでもないが、かつては地方の旅館や友人の家に泊まりにゆくと、女中さんや友人の母が風呂をすすめる時の態度や言葉のはしばしに妙にリキが入っていたものだが、風呂が食事とならぶ二大ごちそうだった長い日本列島の歴史の名残と今にして思う。こう書きながら、日本の銭湯が近代以前には蒸し風呂形式だったのは何故かについて、改めて考えている。現在の銭湯は、オープンな浴槽に入るが、江戸時代を通して、蒸し風呂形式をとっていた。

[参考情報]
日進の賃貸・部屋探し情報一覧
http://suumo.jp/chintai/saitama/ek_0400_nisshin/

津山の賃貸・部屋探し情報一覧
http://suumo.jp/chintai/okayama/ek_2545_tsuyama/

大和の賃貸・部屋探し情報一覧
http://suumo.jp/chintai/kanagawa/ek_0255_yamato/

浅間町の賃貸・部屋探し情報一覧
http://suumo.jp/chintai/aichi/ek_3220_sengencho/

石橋の賃貸・部屋探し情報一覧
http://suumo.jp/chintai/osaka/ek_2080_ishibashi/

洗い場の向こうに立派な作りの板の垂れ壁があって、その下方にはザクロロと呼ばれる腰の高さくらいのスキ間があいており、そこからもぐり込むようにして中に入ると、浴槽があり、またいで入る。しかし。イイユダナ、ハハンというわけにはゆかない。なんせ、お湯が膝くらいしか満たされておらず、座ってもおヘソが隠れるくらい。その代わりといってはなんだが、垂れ壁のおかけで湯気は十二分にこもっている。銭湯のオリジナルの形式は、半蒸し風呂だった。どうも、わが列島の入浴形式の原型は、湯の風呂ではなくて蒸し風呂だったらしい。証拠は銭湯以外にもたくさんあって、たとえば現存最古の東大寺などの風呂は、蒸し風呂だし、もっとも古い形式を伝えるといわれる京都の。八瀬の釜風呂も蒸し風呂。東大寺のは、銭湯同様、熱い湯を密閉した小さな空間に注ぎいれて蒸気をこもらせるやり方だが、八瀬の釜風呂は、熱くした石に水をかけるという原始的形式。